2020年8月20日木曜日

日本の未解決事件で犯罪史上に残るのが、「佐賀女性7人連続殺人」

 日本未解決事件犯罪史上に残っているのが、「佐賀女性7人連続殺人」です。別名を水曜日の絞殺魔とも呼ばれた事件で、1975年から1989年までの間に起こった殺人事件。

佐賀県の北方町や白石町、北茂安町に武雄市の半径20㎞ほどの地域で、女性の殺人事件が7件も発生。水曜に集中していることや5件は絞殺が死因などが事件の特徴となっています。

1975年8月27日のこと。北方(きたがた)町に住む当時12歳の女子中学生が失踪。1980年6月27日に、白石(しろいし)町にある小学校プールトイレの便そうで死体発見

1980年4月12日、白石(しろいし)町在住の当時20歳の女性が実家から失踪。2ヶ月ほど経った6月24日、同町小学校トイレの便そうから死体で発見。

1981年10月7日、白石(しろいし)町在住の当時27歳の工場従業員女性が失踪。同月21日に中原町空き地で絞殺死体を発見。

1982年2月17日、北茂安町の当時11歳の小学5年生女子児童が、下校途中に何者かに殺害されました。ここまでの事件は、犯人の起訴ができずに公訴時効が成立しています。





続いては1987年7月8日、武雄市の当時48歳だった飲食店従業員女性が失踪。1989年1月27日に、北方(きたがた)町大峠の崖下から死体を発見。

1988年12月7日、北方(きたがた)町の当時50歳の主婦が失踪。さらに1989年1月25日、北方(きたがた)町の当時37歳の会社員女性が失踪。

同様に北方町大峠の崖下から死体を発見しています。この3件はまとめて、「北方(きたがた)事件」と呼んでいます。

当時50歳の主婦の失踪後には電話がかかり。当時37歳の会社員女性の失踪直後には、父親宛てに差出人不明の怪文書も届いています。

うーん、何とかならないものでしょうか。





2020年8月16日日曜日

未解決事件 日本 最近

 未解決事件日本の中でも、最近のことのように起きています。記憶に新しいのは、小倉美咲ちゃん行方不明事件

2019年9月21日のこと。山梨県道志村の椿荘オートキャンプ場に、母や姉とキャンプに来ていた千葉県成田市の小学1年生「小倉美咲ちゃん」が行方不明になったもの。

警察をはじめ消防、陸上自衛隊、ボランティアなどのべ1700人が、あらゆる場所を捜索したものの行方は分かりませんでした。この捜索の最中に、熊に襲われたり転落するなどして3名の男性が負傷しています。

結局、解決に直接繋がるような有力な情報もなく、無事に発見できないことに心を痛めながら捜索は終了しました。





ただこの事件で、美咲ちゃんのこと以上に注目を集めたのが、母親の小倉とも子さん。美咲ちゃんの捜索が続く中、インスタを続々と更新しています。少々高めのテンションとその内容とが、日本人が思う子どもの行方を心配する母親像とは違っていました。

特に自分が経営するトリミングサロン。その店名にハッシュタグを付けての投稿は、宣伝のように受け取られ、疑問を感じる人が続出しました。

さらに有志のボランティア団体が、募金活動を始めると。人々の違和感は頂点に達し、猛烈なバッシングを浴びています。

真相はまったく分からないですね。




2020年8月14日金曜日

未解決事件 日本 誘拐

 未解決事件日本誘拐事件でも起こっています。ここでは戦後日本で発生した、身代金を目的とした誘拐殺人事件で、唯一つ解決していないものを紹介します。

1987年9月のこと。群馬県の高崎市在住の当時5歳の男の子が、誘拐される事件が発生しました。ことの始まりは、家のすぐ近くにある神社で遊んでいた男の子の姿が、見当たらないことに家族が気が付いたことから。

不安になった家族は、町中を探しますが見つかりません。結局見つけることができないで、地元警察署に捜索願をだしました。そのすぐ後、自宅に犯人からの電話が入ります。

その電話は2000万円を要求するもの。用意しなければ殺すと言っています。これを受け父親は警察に通報。逆探知の準備をし、犯人からの電話を待ちます。





2回目の犯人からの電話が鳴ったのは、1時間ほど後のこと。内容は1回目の電話同様、2000万円を要求するものでしたが、通話時間が短か過ぎ逆探知に失敗。

次にあった電話は男の子からのもの。父親からの元気かという問いに、男の子は元気だと答えています。この3回目も通話時間が短く、逆探知は出来ませんでした。さらに翌日は敬老の日で、金融機関は休業していたためお金の用意もできません。

翌日の朝、4回目の電話が鳴ります。犯人からの電話内容は、1000万円を夕方6時までに用意しろというもの。うまく聞き取れなかった父親が返答を促すと、また電話をすると言って切れてしまいました。

これが最後の電話で、同日の昼過ぎ、自宅から5kmほど離れた川で男の子の遺体が発見されました。犯人は身代金を要求する傍ら、1度も受け渡し方法について話していません。しかも金融機関の営業日についても頭に入っていません。

どういった人間なのでしょうか。






2020年8月10日月曜日

未解決事件 日本 ワラビ

 未解決事件というものの中で、日本ではワラビ採り事件というのも覚えておきたい一つ。場所が京都府の長岡京市内で発生したことから、「長岡京主婦殺害事件」とも呼ばれています。

1979年のこと。長岡京市の山中において、被害者の2人の主婦が凄惨な状態で発見され、世の中を震撼させました。

事件が起きた場所は、周りの住民から野山と呼ばれているところ。山菜やタケノコが採れる地域で、日常的に山菜採りやピクニックに、多くの人が訪れていました。

このワラビ採り事件の被害者は、長岡京市内にあるスーパーでパートで働いていた、主婦A(当時43歳)さんと主婦B(当時32歳)さん。2人は早朝6時から10時までのパートの仕事後、昼食の弁当を持ってワラビ採り野山に出かけました。





主婦B(当時32歳)さんが保育園に迎えに行く時間になっても現れず、夫が心配して探しに出かけました。次の日には、警察による捜査が始まります。さらにその翌日、警察犬を導入したところ、「野山」の山頂の付近で2人の遺体が発見されました。

複数の傷跡が2人の遺体にはあり、何者かが殺害したというのは一目瞭然。主婦Aさんの死因は首を絞められたことでの窒息死で、体内には犯人の体液が残っていました。さらに全身を執拗に殴る蹴るされており、肝臓は破裂していて肋骨は9本も骨折していました。

主婦Bさん死因はというと、刺されたことによる失血死。こちらも暴行を受けており、遺体の胸に包丁が突き刺さったままという悲惨さ。

犯人は分かっていませんが、どうにも許せませんね。






2020年8月7日金曜日

未解決事件 日本 ミステリー

 未解決事件の中には、日本でもミステリーと呼ばれるものは多くあります。ここでは「嵐真由美さん失踪事件」のミステリーを紹介します。

1994年の9月のこと。出産のため里帰りしていた嵐真由美さんが、出産後に1歳になる娘を残して突然いなくなったもの。

姉の洋子さんの証言では、同級生と会うと言い残し家を出たとのこと。しかし翌日その同級生に確かめたところ、会う約束などはしていなかったということでした。

彼女には不倫相手がいたという疑惑もあり、失踪当日の昼間もその男性と会っていたという目撃情報もあります。

この男性も当然捜査の対象になりました。しかし、直接彼女の失踪に結びつくような事実関係は確認されなかったということです。



ミステリーとなったのは、その後にあったTV番組。過去の未解決の事件の行方を追うTV番組に、嵐真由美さんの父親のインタビューが流れた時のこと。

背後には、「洋子の話しは信じるな」という張り紙がありました。洋子というのは嵐真由美さんのにあたり、父親の前にインタビューを受けていた女性。

張り紙は母親とおぼしき女性が貼ったとされますが、その不気味さに視聴者は騒然となりました。

もし母親が姉の洋子さんの証言に、疑いを持っていれば警察にいえばすむ話です。なのにテレビ画面に写るように、メモを貼った真意が不可解でミステリーとなっています。

真相はどうだったんでしょうね。





2020年8月3日月曜日

未解決事件 日本 本

未解決事件日本ではにもなっています。日本における殺人事件だけを取り上げてみても、検挙率は95%前後で推移。

戦後一貫しての数字ですが、少なくみても20件1件ほどの割合で、未解決事件が存在しています。ということは未解決事件の真犯人たちは、現在も何食わぬ顔をして社会に潜んでいます。これは紛れもない事実

2010年4月の法改正により、殺人事件に関しては公訴時効が廃止されました。これは覚えている人々がいる限り、事件が終わらないということ。







世田谷一家惨殺事件をはじめ、島根女子大生死体遺棄事件など凶悪犯罪を中心に、有名な国鉄三大事件3億円事件など71もの事件を取り上げた書籍があります。これは戦後から現代にかけ、未解決事件をさまざまな角度から推理していくもの。

年代別に網羅してあり、数ページ程度に要領よくまとめられています。紹介する事件の数も多く、その不可解な内容には圧倒されるばかり。

多くの事件がありますが、一刻も早い解決が望まれるため、同様の悲劇を繰り返さないため読んでおきたい一冊

戦後の犯罪史を考える上で、とっておきとも言えるのが日本人を震撼させた 未解決事件71 (PHP文庫) です。

一読しておきたいところですね。














日本の未解決事件で犯罪史上に残るのが、「佐賀女性7人連続殺人」

  日本 の 未解決事件 で 犯罪 史上に残っているのが、「 佐賀女性7人連続殺人 」です。別名を水曜日の絞殺魔とも呼ばれた事件で、 1975年 から 1989年 までの間に起こった殺人事件。 佐賀県の北方町や白石町、北茂安町に武雄市の 半径20㎞ ほどの地域で、女性の殺人事件が...